大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和56年(行ウ)3号 判決

原告 北川源二

被告 岐宿町長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五六年三月二日付でなした四五万四五八〇円の木材引取税課税処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は肩書住所地において製材業を営む者であるが、被告は、昭和五六年三月二日原告に対し、木材引取税として四五万四五八〇円の課税処分(以下本件処分という。)をなした。

2  しかしながら、本件処分は地方税法(以下単に法という。)五五一条、五五三条の解釈を誤つてなされた違法なものである。

すなわち、法五五三条は、「木材引取税の徴収については、特別徴収の方法によらなければならない。但し、法五五一条二項の場合においては、申告納付の方法によるものとする。」旨規定しており、原告に対する木材引取税は、申告納付の方法ではなく、特別徴収の方法によつて徴収しなければならないのにも拘らず、被告は、原告に申告納付すべき義務があることを前提に、本件処分により前記のとおり直接課税したものであつて、本件処分は、法五五一条、五五三条の解釈、適用を誤まり違法である。

3  そこで、原告は、昭和五六年四月一五日、被告に対し、本件処分に対して異議申立を行つたが、被告は、同年四月二五日右申立を棄却する旨の裁決をなし、同裁決は同月二七日原告に到達した。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1、3の事実は認めるが、同2の主張は争う。

2  本件処分は、次のような事実に基づき、法令を正当に解釈、適用してなされたものであるから、適法である。

(一) 原告は、訴外長崎営林署長(以下訴外営林署長という。)より、昭和五四年七月二七日、杉、檜、桜合計八九八立方メートルを代金二〇九一万九〇〇〇円で、次いで同年一一月七日、杉、檜、広葉樹合計二九立方メートルを代金一一〇万円で、更に昭和五五年七月二二日、杉、広葉樹合計八一立方メートルを代金七一万円でそれぞれ買い受け、そののち各伐採を完了し各伐採後三か月以内に、右伐採にかかる素材を第三者に売却するなどして引取らせた事実はなかつた。

(二) ところで、木材引取税は、法五五一条一項及び岐宿町税条例(以下単に条例という。)一一九条一項によれば、素材の引取に対し立木の伐採後の最初の引取者に課せられる一種の流通税であるが、立木の伐採後三か月以内にその素材の引取がない場合には、法五五一条二項及び条例一一九条二項によつて、立木の伐採をもつて素材の引取と、立木の所有者をもつて素材の引取者とみなして同税を課せられることになつており、その場合、納税者は、法五五三条但書、条例一二三条により申告納付すべき義務がある。

(三) 前記事実によれば、原告は木材引取税を申告納付すべき義務を負担しているものというべきであるが、自己には申告納付すべき義務がないと主張して同税の申告をしなかつた。

そこで、被告は、昭和五六年三月二日、法五六四条二項に基づき、原告が申告すべき税額を四五万四五八〇円と決定したうえ、原告に対し右同額を納付するよう命じたもので、右処分は適法である。

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張のうち、(一)及び(三)の事実は認め、(二)及び(三)の法律上の主張は争う。

2  原告と訴外営林署長との間の前記立木の売買については、法五五一条一項が適用されるべきであつて、原告に同条二項を適用すべき余地はないから、原告に対する木材引取税は、法五五三条本文により、特別徴収の方法によらなければならない。すなわち、

(一) 本件の原告のように、立木の払い下げが名目的なもので、その実態が素材を買い受ける目的で立木のまま売買がなされる場合には、買受人は、形式的には一時的に立木所有者となるが、実質的には素材を買い受けたのと同じであるから、法五五一条一項を適用すべき事案である。本件における立木所有者とは訴外営林署長であつて、被告は同署長を同法五五四条一項の特別徴収義務者に指定すべきである。

(二) 法五五一条二項が適用されるのは、伐採後三か月経過後も依然素材が山元に存在している場合であつて、原告は伐採後三か月を経ずして素材を製材工場に搬出して引取つているからその適用の余地はない。

(三) 要するに、原告は木材引取税の納税者となることは争わないのであるが、立木を買い受け伐採し素材としたうえ、その立木を最初に引取つた者なのであるから、法五五一条一項、五五三条本文、条例一二一条により、特別徴収されなければならないと主張するものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告は、肩書住所地において製材業を営む者であるところ、訴外営林署長から、昭和五四年七月二七日、杉、檜、桜合計八九八立方メートルを代金二〇九一万九〇〇〇円で、同年一一月七日、杉、檜、広葉樹合計二九立方メートルを代金一一〇万円で、昭和五五年七月二二日、杉、広葉樹合計八一立方メートルを代金七一万円でそれぞれ買い受けたこと、その後原告は右立木の伐採を完了し、その日より三か月以内に素材を第三者に売却していないこと、被告が、原告に法五五一条二項を適用したうえ、昭和五六年三月二日、原告に対し、法五六四条二項により本件処分を行い、木材引取税として四五万四五八〇円を納税するよう命じたこと、これに対し、原告は、昭和五六年四月一五日、被告に対し異議申立を行つたが、被告は、同月二五日、右申立を棄却する旨の裁決をなし、同裁決は同月二七日原告に到達したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、法五五二条一項、条例一一九条一項、一二〇条によれば、木材引取税額は素材の価格を課税標準としてその一〇〇分の二とされており、本件課税額四五万四五八〇円は原告の立木買受価格合計二二七二万九〇〇〇円の一〇〇分の二であることは計数上明らかである。もつとも、素材の価格とは山元における素材の価格であり、立木価格に伐採造材費等の生産費を加算したものをさすものと解されるが、本件課税額が右素材価格の一〇〇分の二を超えないことは明らかであるから、本件課税額をもつて違法なものということはできない。

二  次に、本件木材引取について、原告が木材引取税の納税義務者であることは当事者間に争いがなく、本件訴訟の争点は専らその徴収方法にある。原告は、本件木材引取税は特別徴収の方法で徴収されるべきで、被告は特別徴収義務者である訴外営林署長から徴収すべきであるにも拘らず、直接原告に対して課税したのは徴税方法を誤つたものであると主張するので、以下この点について判断する。

1  木材引取税は、素材の引取に対し、同一素材に関し一回に限り、素材の生産地の市町村において当該市町村の条例で定める引取者に課せられるところの一種の流通税である(法五五一条一項)。ただ、立木を伐採して素材としたが引取行為がなされない場合においても、いわゆるみなす課税の制度がとられており、その市町村で定める時までにその素材について引取者がない場合には、立木の伐採をもつて素材の引取とみなすとともに、立木の所有者をもつて素材の引取者とみなし、本税を課することになつている(同条二項)。これは、素材の引取が行われなければいつまでも課税できないというのでは不合理であるので、賦課徴収の技術的な面から、その市町村の条例で定める期間内に引取が行われないものについて課税しようというものである。右規定を受けて条例一一九条一項は、木材引取税は、素材の引取に対し、価格(山元における価格をいう。)を課税標準とし立木伐採後の最初の引取者に課する旨を定め、さらに、同条二項は、立木の伐採後三か月以内にその素材の引取者がない場合においては右みなす課税の規定を適用して課税する旨を定めている。

2  以上のように、法及び条例にいう原則的な課税とみなし課税を区別する基準は、「素材」の「引取」の有無であるから、以下、これらの概念について検討する。

(一)  まず素材については、これに関する法律上の明確な定義はないけれども、法五五一条の規定の内容、趣旨等からして、文理解釈上素材とは、いわゆる木材を指称するものであつて、明らかに立木とは異別のものであり、立木の伐採をもつて素材の引取とみなす旨の規定内容からみるとき、素材は立木に伐採等の作業を加えた結果生産される木材をいうものと解される。

(二)  次に、素材の引取とは、本税課税の趣旨、本税が流通税であること等を鑑みると、素材の所有者が、売買等の取引によりその所有権を第三者に移転しこれに伴ない素材の実力的支配が第三者に移転することをいうと解すべきであるから、結局条例一一九条一項によつて納税者とされている立木の伐採後の最初の引取者とは、立木の所有者がこれを伐採して素材としたものを、売買等の取引により最初にその所有権を取得し、その引渡を受けた第三者を指すものと解すべきである。

3  これに対し、原告は、本件のように素材を得る目的で立木を買い受ける場合は、実質的には素材の売買と同じであつてみなし課税をする特別な根拠はないと主張するが、そもそも、立木の売買自体は本来課税の対象とはならないから、原告が伐採目的で立木を買い受けその後これを伐採しても、それだけでは直ちに課税の対象とはなしえず、立木が伐採されたのちの素材について初めて法五五一条一項或いは二項の適用が問題になつてくるのであるから、両者は課税の本質からいつても異別であり、さらに、立木買受者が立木のまま所有するのか、伐採目的であるのかは、取引当事者でない課税権者の関知するところではなく、取扱いの画一性という要請からいつても、原告の主張は何ら合理性を見出すことはできない。

その結果、みなし課税の納税義務者となる立木所有者とは、立木の所有者であつて、それも伐採直前の所有者を指すことは文理解釈上明らかなことであり、この点についての原告の主張も採用することはできない。

4  加えて、原告は立木を買い受けたのち伐採して搬出したものであるから引取つた者に該当する旨主張する。しかしながら、引取とは前記説示のとおり、売買等の取引に伴ない素材の実力的支配が譲渡人から譲受人に移転することを意味するものと解すべきであり、本件の原告の如き場合は、売買によつて取得した立木所有権の効果として立木を伐採搬出したにすぎないのであつて、素材につき、同一人格内で事実上の移転行為を行つただけなのであるから、原告が素材の引取者に該当しないことは明らかであり、原告の右主張も理由がない。

5  以上説示したところにより、原告が訴外営林署長から立木を買い受けた後これを伐採して初めて法五五一条一項、或いは同条二項の適用が問題となるのであり、原告が右伐採後三か月以内に右伐採にかかる素材を第三者に売却するなどして引取らせた場合には、法五五一条一項、五五三条本文、五五四条一項、条例一二二条一項により特別徴収義務者として木材引取税を納入すべき義務があり、右期間内に第三者に右素材を引取らせなかつた場合には、法五五一条二項、五五三条但書、五五五条により同税を申告納付すべき義務を負担しているものということができる。

6  これを本件についてみるに、原告が伐採後三か月以内に右伐採にかかる素材を第三者に売却しなかつたとの事実は当事者間に争いがないから、原告は、前説示のとおり、木材引取税を申告納付すべき義務を負担するに至つたものといわなければならない。

しかるに、原告は、被告の主張のとおり、自己に申告納付すべき義務がない旨主張して木材引取税の申告をしなかつたのであるから(このことは当事者間に争いがない。)、被告が法五六四条二項、条例一二〇条を適用して、原告が申告納付すべき税額を四五万四五八〇円と決定したうえ原告に対して右同額を納税するように命じた本件処分は、法令を正当に適用したものであつて適法である。

三  よつて、本件処分が違法であるとしてその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渕上勤 榊五十雄 関洋子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例